Maria & Miho

マリア・シュナイダー & 挾間美帆、コンテンポラリー・ミュージック・コンポーザー対談

協力 : 平間久美子

 現代アメリカン・ミュージックの美を体現する、コンポーザー/アレンジャーの、マリア・シュナイダーは、1992年に自らのラージ・アンサンブルを結成以来、野心的な作品を次々にリリースし、独自の手法でコンテンポラリー・ジャズ・ビッグバンドの表現をかつてないほど拡大してきた。昨年末の初の来日公演の感動も、記憶に新しい。3月リリースの6年ぶりの新作『ウィンター・モーニング・ウォークス』は、クラッシック・ヴォーカルと、チェンバー・オーケストラ、インプロヴィゼーションが融合した野心作で、新たなマリア・ミュージックの地平を切り拓いた。

 挾間美帆は、国立音大在学中から、その才能を認められ、昨年マンハッタン音楽院修士課程を卒業後、デビュー・アルバム『ジャーニー・トゥ・ジャーニー』をリリース。1月には東京オペラシティにて催かれた山下洋輔(p)プロデュース”ニュー・イヤーズ・ジャズ・コンサート2013″で、高らかに「ジャズ作曲家宣言」、3月にニューヨークの若手の登竜門と言えるヴェニュー『ジャズ・ギャラリー』でもUSデビュー・ライヴを成功させた、次世代を担う新鋭コンポーザー/アレンジャーである。

 日本での学生時代から、マリア・シュナイダーを自らのロール・モデルとして憧れていた挾間が、セントラル・パークにほど近いマリアのアパートを訪れ、ニュー・アルバムについて、コンポーザー/アレンジャーとしてのキャリアの指針について、問いかけた。

挾間 : ニュー・アルバムの『ウィンター・モーニング・ウォークス』を聴かせていただきました。ただただ美しく、素晴らしいですね。制作過程について、伺いたいことが、たくさんあります。まず歌詞をどのように選定しましたか。

マリア : アルバムの2つの組曲、「カルロス・ドゥルモンド・デ・アンドラーデ・ストーリーズ」と、「ウィンター・モーニング・ウォークス」はそれぞれ委託作品で、ドーン・アプショウ(vo)が私に依頼してくれました。2008年の最初の作品「ドゥルモンド・ストーリーズ」は、セント・ポール・チェンバー・オーケストラへの作品です。私は、歌詞のある音楽を作曲するのは初めての経験で、かなり悩んだ。いろいろな詩を探し、詩からアイデアを得ることは出来ないかと考えたけれど、美しい詩と思っても、それに音楽がつくことが想像出来ず、音楽性を感じることが出来なかったわ。私は詩と言うよりも、よりストーリーが盛り込まれたものを求めていたのです。そして、もしかしたらブラジルの詩人だったら、フィットするのではと考えた。私は、ブラジルの人々の人生へのスタンスに、とても共感していたから。詳しい友人に、シンプルでありながら、でもとても人間的、そしていわゆる詩とはちょっと違うタイプの作品を書く詩人はいないかしらと相談したら、彼女がブラジルの国民的な詩人であるドゥルモンドの詩を、教えてくれたのよ。なかなか結ばれない複数の男女の恋愛模様のストーリーは、面白く魅力的で、とても人間的でした。ドゥルモンドについてさらにリサーチし、よい英訳を見つけ、この人生に対する様々な感情を表現した詩に、音楽を創ることが出来たの。最初の曲”Proogue”は歌詞のないヴォーカリーズで作曲してみた。ブラジル音楽でもよくあるでしょう。そしてやっと私に出来ると確信できたのです。ブラジルの詩を選んだ理由は、もう一つあるの。ショーロなどの古いブラジル音楽は、どういうわけかクラッシック音楽に近いものがあると感じるけど、同時に、たとえドラムがいなくても、とても強いグルーヴを生み出すことが出来るのよ。この曲では、オーケストラの中にリズムを内包させたわ。ジャズの場合は、ミュージシャン達がリズム・セクションの上で演奏し、サウンドが動いていくわよね。あなたがビッグバンド・スコアを書くときには、それらの動きを捉えて作曲するはずです。私の音楽は、ブラジル音楽から強い影響を受けている。だからリズムを内包させれば、ビッグバンドを作曲するときと近い方法論で、このチェンバー・オーケストラ作品を創れると思ったのです。私の最初の作品「エヴァネセンス」(1994)は、きわめてジャズ的な作品だったけれど、その後の私はクラッシックや、ブラジル音楽、フラメンコの影響を受けて作品を完成させてきたのよ。

挾間 : マリアさんのビッグバンド作品は、長年愛聴してきましたが、ストリングスを使った大作に挑戦したのは初めてですよね。いかがでしたか?

マリア : 楽しい経験だったわ。あなたは、ストリングスの曲を書いたことはあるの?

挾間 : はい、あります。私は、もともとクラッシック作曲専攻だったのですが、ジャズ作曲を学びたくて2010年にマンハッタン音楽院の修士課程に入学しました。私にとっては、ビッグバンドがチャレンジでした。

マリア : 私とは逆のパターンね。クラッシックからジャズ・ビッグバンドへのあなたの挑戦の方が、大変だったと思うわ。ハーモニーの組み立ては、ストリングスの方が、より寛容だと思うの。ホーンのアレンジはより垂直的で、一歩間違うと明らかに響きがおかしく聴こえてしまうことがある。ストリングのアレンジは、よりフレキシブルで、多様なハーモニーを試みることが出来て、美しいわ。それぞれの音楽には個性があるけど、ビッグバンドには明らかに成立しない響きがある。それを理解するのは大変で、経験がいるわよね。ストリングスは、私も今もいろいろ学んでいるけど、さらに可能性があり、それが楽しいの。

挾間 : マリアさんのその試みに、すごく興味を持っています。マリアさんは、楽器の新しいコンビネーションも、いろいろ試されていますよね。時々、とても珍しいサウンドが聴こえてくることがあって、誰の音だろうと思っていたら、ストリングスが皆で出している音だったり、フレンチ・ホルンの音かと思ったこともありました。

マリア : 「ウィンター・モーニング・ウォークス」ね。『All Night, in Gusty Winds』という曲の冒頭では、弦をミュートしたピアノを効果的に使ったわ。

挾間 : バルトーク・ピチカートも使ってますよね。

マリア : そうね、一種のスラップ・ピチカート奏法ね。

挾間 : 作曲の段階で、ストリングスで、いろいろ試してみたりなさいましたか?

マリア :  とくには試していないわ。私も大学時代に、クラッシックのオーケストレーションの勉強はしたから。私は、よいオーケストレーションの先生についていました。まあ30年も前の話だけど(笑)。「ドゥルモンド・ストーリーズ」を作曲するときに、昔の教科書を引っ張り出してきた。そしてストリングス・カルテットを、この部屋に招いて、私がピアノを弾いて、一緒に演奏してみたの。そしてボウイング(運弓法)についてや、何が機能して、何が機能しないか、いくつかのアイデアを発見したわ。ストリングス・カルテットでも、オーケストラへのヒントが掴めたの。そしてセント・ポール・チェンバー・オーケストラと演奏する前に、32名の別のオーケストラを集めて演奏してみて、さらに作品を完成させていったのよ。セント・ポール・チェンバー・オーケストラとのリハーサルは1時間30分しかなかった。厳しいわよね。でも、不安を感じる要素を残したくなかった。最初にオーケストラが自分の音楽を演奏したとき、思い描いたとおりに響かない、演奏の問題なのか、作曲の問題なのかが分からないというのは、恐怖よね。だから、最初に何か違和感を感じたら、「では、こういうやり方が必要でしょう。」と自信を持って言えるようにしたかった。オーケストラの前で、泣き出しちゃうんじゃなくってね(笑)。

挾間 : 「ドゥルモンド・ストーリーズ」の2曲目の『The Dead in Frock Coats』が、とても好きです。

マリア : あら、私の妹と同じね。この曲は、人工ハーモニクスを使っています。

挾間 : とても美しいですよね。冒頭部分のバスーンの高音も素敵です?

マリア : そうね。でも聴いてみないと、よく思い出せない。

挾間 : え、覚えていらっしゃらないのですか?

マリア : 細かいことは、聴き直さないと思い出せないのよ。(笑)今は、あの曲をストリングス・トリオとフルート、クラリネット、ピアノの編成に書き直しているの。オーケストラから、スモール・チェンバー・グループでも演奏したいと頼まれてね。カリフォルニアで演奏するわ。「ウィンター・モーニング・ウォークス」もピアノと、チェロと、ヴォーカルの編成の依頼を受けた。2人のシンガーから、ピアノとヴォーカルのデュオ編成のアレンジを頼まれたけど、この曲を2人だけで演奏するのは難しいと思う。

 「ドゥモンド・ストーリーズ」で、セント・ポール・チェンバー・オーケストラを3日間指揮してみて、私はちょっと寂しいような違和感を感じたわ。ビッグバンドでの演奏の1日が終わると、誰もがお互いを称え合い盛り上がるのに、クラッシックの人たちは終わると”Good Job”とかだけ言って、楽器を仕舞って帰ってしまう。

挾間 : そのように感じていたとは、興味深いですね。

マリア : ビッグバンドの時のように、私の作曲した曲で、メンバーが素晴らしいソロをとったり、コンピングをしたりして、さらに曲を成長させてくれるという感覚がなかったから、寂しいと感じたと思うの。作曲者に依存する部分が多いとも思い、あまりいい気持ちはしなかった。だからドーン・アップショウから2つめのプロジェクトを依頼されて、「ウィンター・モーニング・ウォークス」を制作するときには、ビッグバンドの時のようなリズム・セクションと一体となった、ダイナミックなものではないけれど、インプロヴィゼーションを入れたいと思った。

挾間 : ストリングスを指揮してレコーディングするにあたって、事前にコンセプトなどを説明したのですか。

マリア :  詩の内容をよく吟味して、伝えたわ。でも本当に、リハーサルの時間が少なくて、かなり短い時間で、説明しました。

挾間 : ビッグバンドの時も、細かく音楽について説明するのですか。

マリア : 音楽のコンセプトについては説明するわね。でも、あまり細かいディテイルは話さない。ときどき私は、コンサートの時に観客に対して説明をしたりするのよ。面白いのは、私はプレイヤー達には曲のテクニカルな側面しか話さず、その曲の背景を観客に紹介すると、プレイヤー達はそれを聞いていて、いつも以上の演奏をしてくれることがある。彼ら自身が、自らを解き放つのね。音楽にストーリーがあり、感情がこもっていると、プレイヤーは「ここでどんなコードを演奏すべきか。」などと考えていたのを忘れて、曲のストーリーや感情に触発された即興演奏に没頭してくれるのは、素晴らしいことだわ。彼らは自らを解放して、そして音楽でコミュニケートする。エゴから解き放たれた素晴らしい演奏の瞬間ね。

 コンポーザーが出来るのは、プレイヤーにある地点から、いまだ辿り着いたことのない新しい場所に、素晴らしいソロをとって到達するのを助ける、そのために曲の中に仕掛けを施して導くことだと思う。このように作曲できれば、音楽的なハプニングが多く起きる素晴らしい演奏になるわ。

挾間 : 私も昨年のブルーノート東京における、あなたのレクチャーに参加しました。その中で本当に、あなたのおっしゃるとおりだと思ったことがあります。ライティング・セクションはとても論理的で、インプロヴィゼーション・セクションは、スポンテニアス(自然発生的)になる。そのバランスが難しいとお話していましたよね。

マリア :  その通り、本当に難しいわ。私の曲の中には、フリー・インプロヴィゼーションのセクションが多い曲と、リズム・セクションの動きが制約されているような構成が細かい曲もあります。たとえば、”Journey Home”の冒頭のソロの部分は、リズム・セクションの演奏は、私が書いています。ちょっと細かくアレンジしすぎたきらいも、あるわね。基本的には、私のグループのプレイヤー達は、決められたところに辿り着ければ、何をやってもよいというスタンスにしています。

挾間 : グループに全幅の信頼を置いているから、可能なのですか?

マリア : 時間をかけて、徐々に、ゆっくり築き上げた信頼関係よ。

 気が付いたのだけれども、私の初期作品の方が、制約のないインプロヴィゼーション・スペースが多かったように思うの。ソロが解き放たれて、そして戻ってくる。時に、まるでソリストが一人で勝手に駆け回っているような印象で、まとまりに欠けているように思える演奏もあった。私が以前に、ブルーノート東京でやったようなセミナーを開催して、ファースト・アルバムの「エヴァネセンス」に収録された”Green Piece”の分析をした時に、客席にいたボブ・ブルックマイヤー(tb)が「ここが、最初のソロ・セクション?このソロ・セクションは、成功したと思いますか?」と質問されたことがある。ボブは、このソロ・セクションは、うまく機能してないと、考えていたみたい。作曲家の視点から見れば、あのセクションは制約がなさ過ぎて、ソロが曲そのものから離れて遠くに行ってしまったように感じたのでしょう。私自身、作曲家として、もっとソロ・セクションを、コントロール出来るように書くべきだったと思ったわ。これはかなりショックを受けた体験で、それ以降は、ソロの方向性をよりコントロール出来る曲を書いた。しかし、ギグで私の昔の曲を演奏すると、グループは、さらに自由奔放に演奏するようになったの。たとえば、クラレンス(・ペン、ds)は途中で演奏をやめてしまったり(笑)、フランク(・キンボロウ、p)は違うキーを弾いてみたり。私の音楽をよく理解している彼らが、いったいどのように戻ってくるのか考えながら、私はただバンド・スタンドに立っていた。彼らは、まるで蝶があちらこちらに飛び回って、でも突然しかるべきところに戻ってくるように、帰ってきた。本当に素晴らしいことよね。もし、ボブ・ブルックマイヤーが、今聴いてくれたら、ああいう質問はしないと思うわ。

 毎晩違うのだけど、私のグループ・メンバー達は、あるときは月まで行って無事帰還するような素晴らしいソロをとり、またある晩は月まで行って地球への着陸失敗というときもある。でも、私が学んだのは、グループ・メンバーが私の音楽を深く理解してくれていると言うことね。彼らは、それぞれの曲に何が必要かをよく知っており、自分たちの役割をよく理解している。そして、その曲の限界ぎりぎりまでチャレンジしてソロをとり、見事にまとめてソロを終わらせることを愛してやまない。そして私の曲を倍以上に素晴らしいものにしてくれてるの。単にソロが素晴らしいと言うだけではなく、曲全体の内容が、さらに魅力的になるのよ。そして私は今、またさらに制約のないインプロヴィゼーション・セクションの多い曲を書こうと思う。私と、私のグループの成熟度が、それを可能にする地点に到達したと思うの。たとえば、スコット・ロビンソン(bs,etc)。彼はバンド結成時からのメンバーだけど、東京での演奏聴いた?

挾間 : ええ、凄かったですね。バリトン・サックス、トランペットのほかに、何か紙でソロをとっていましたよね。

マリア : あの紙は、ギャラの小切手だったのよ(笑)あのときは最終日の最後のセットで、その前に私はメンバー全員に小切手を支払ったの。スコットはよくポケットに小さな電気楽器や、いろいろなものを忍ばせてきてソロをとって、みんなを驚かせるけど、なんと小切手でソロをとるなんて、信じがたいでしょ。

挾間 : 私はステージから遠いところで聴いていたので、何か紙を吹いているとしか見えなかったのですが、まさか小切手とは……..

マリア : そしてフランクのソロへのコンピングも、素晴らしかったわ。あれが、ボブが指摘した”Green Piece”のソロ・セクションだったのよ。今ならボブに、「あのセクションは成功でした!」って胸を張って言えるわ。私と私のグループの信頼関係のおかげね。

挾間 : 長い時間をかけて、あなた自身、グループ・メンバー、そして曲自体も進化したと言うことですね。素晴らしいです。

マリア : 彼らの曲への理解が深まるほど、私たちは月までも飛んでいけるわ。本当に愉しい。私が愛してやまないのは、あの夜、みんながスコットを賞賛し、私が20年ほど前に書いた”Green Piece”という曲が、彼らのものになったと言う事ね。彼らはあの曲から、全く新しいものを創造したのよ。

挾間 : 長年、同じレパートリーをやっていながら、新しさを保てると言うことは凄いことですね。

マリア : 何百回も演奏していても、いまだに新たなものを創造できるのよ。

挾間 : 夢のようなグループだと思います。

マリア : 長いこと一緒に演奏してきて、やっとこの地点に到達したの。素晴らしいことよね。

挾間 : 私もいつの日か、自分のグループを、そこまで成熟させるという、新しい目標が出来ました。

マリア : それが、時を重ねることの素晴らしさよ。ある出来事が起こって、でもその時には、その重要性がよく理解出来ない。でも10年たって振り返って気が付くこともあるのよ。あなたがキャリアの上で次のステージに達してから振り返ると、あるとき突然、すべてが論理的に見ることができ、その原因が分析できる。私自身が自らの音楽を振り返ると、1999年に初めてブラジルを訪れてから、私の音楽は大きく変貌したことが分かります。とても大きな影響を受けた。確かにブラジルに行ったときに、素晴らしく、楽しく、エキサイティングで、一種の人生の転機だとは思ったけれど、でもそれが、どれだけ重要な意味を持つかは分からなかった。それは、私の意識を超えて、大きな影響を与えてくれたのです。

挾間 : マリアさんは、ご自分のラージ・アンサンブル以外にも、客員指揮者でヨーロッパや南米のプロのビッグバンドを指揮なさったり、マスター・クラスで、学生のグループと演奏なさったりしますよね。ご自分のグループでの演奏との大きな違いは、どのような点にありますか。

マリア : まず彼らが有利だと言えるのは、彼らは私のアルバムを聴いており、またYouTubeを検索すれば、いくつかの違うヴァージョンも聴くことが出来ることです。そして彼らの多くは私のグループを、ライヴでも聴いている。彼らは、私のグループが何年もかけて曲を進化させてきた過程を理解することが出来、「こういうやり方なら、いけるのではないか。」と考えることが出来るわ。これは学校で、バッハからモーツァルト、ベートーベンへ至る数百年の音楽の進化を数年で学ぶように、私のグループの発展の過程も、短い期間で分かるのよ。その結果として、私のグループ以外でも時々素晴らしいパフォーマンスに出逢うことがあるわ。

 難しいところは、私の音楽のアンサンブル・サウンドと、サウンドそのものを単に演奏するのではなくて、深く読み込むことが出来るかと言うことね。たとえば、ここはなぜフォルテなのか、という必然性を理解すること。たとえば3rd トロンボーンをプレイするとしましょう。あなたはそれぞれの音がどう響くか、誰とハーモニーを作っているのか、それぞれの音をどんな音量で演奏すべきか、などを理解してなくてはいけない。ここはバス・トロンボーンの5度上の音だとか、今はこの楽器とコードを響かせているかとか、さあ今度はテナー・サックス2本と同じ音だ、という感じにね。曲の中で自分の音の位置づけを理解していなければ、適切なアーティキュレーションなど出来ないわ。曲を把握してない状態で、ただ譜面を追っていても、音楽にはついていけない。音を出してから、ああ、しまったと思っても手遅れよ。

 全員が正確な音を出せば、それはグッド・パフォーマンスになる。しかし、全員が自分の演奏する音の意味とコンセプトを、よく理解するだけの時間を充分に費やせば、それはスペシャルなパフォーマンスになるのよ。つい先頃にも、この経験はあったわ。スウェーデンに行ってローカルのミュージシャンと、ノルウェイ、フィンランドとツアーして、毎晩演奏したの。素晴らしいピアニストがいて凄い演奏をし、何人かのグレイトなプレイヤーもいて、彼らは私の音楽を高い到達点に導いてくれた。

 先週には、テキサス州のオースティンの学校で演奏し、彼らも素晴らしかった。彼らの先生がかなり長い間、綿密なリハーサルをしていたみたいで、よく私の音楽を理解していたから、そのように演奏出来たのよ。最高よね。

挾間 : 他のビッグバンドと、レコーディングをすることを考えたことはありますか?

マリア : 私が指揮して、レコーディングするということはないわね。でも、いくつかのグループは私の曲を録音しているわ。

挾間 : あなたのグループが演奏するために作曲した曲を、他のグループが演奏すると言うことについて、どのように考えていらっしゃいますか?

マリア : 私は、私のオリジナルを録音してくれることは、とても嬉しく思っています。ノース・テキサス大のワン・オー・クロック・オーケストラが、私の曲の”Last Season”を、とても美しく演奏してくれたのを聴いたわ。彼らの演奏は、すべてが美しくブレンドされていて、期待以上で驚かされた。

挾間 : ご自身の曲が演奏されることには、とてもオープンに考えていらっしゃるのですね。クラッシックの作曲家は私も含め(笑)、結構細かいことを言う人も多いですよね。

マリア : 私が指揮するときは、自分のグループでも、他のグループでも厳しく言うわ。だって、私の音楽が、間違った響きをするのを聴きたくないもの。私が、そのグループの前に立ちはだかって「二度と、そのミステイクを犯さないで。そんなサウンドは聴きたくない。」って言うわ。でもけっして意地悪じゃないのよ。(笑)そして、彼らは私が、すべてのサウンドを聴いていることを気付く。だって私の音楽は、私が一番よく知っているのよ。あるベーシストが、いつも彼が間違えるたびに、私は彼を見た。「なんてこった、彼女にはすべてが聴こえている!」ってグループがパニックになり、驚愕してたわ。当然でしょ、私が創った音楽なのだから。どんなミスでも、一音も聴き逃さないわよ(笑)。

挾間 : 私にも、同じような経験があります(笑)。

マリア : 次に日本に行ったときは、私の曲を演奏している2つぐらいのビッグバンドを、私とオーケストラのメンバーで指導するクリニックも、やってみたいわね。

挾間 : これはとても個人的な質問ですが、お訊きしたいことがあります。最近、締め切りが近づいて来ても作曲が進まず、考えれば考えるほど袋小路に入ってしまい、プレッシャーに押しつぶされそうになる経験をしました。マリアさんも、そのようなご経験はありますか?またそのような時、どのようにスランプから脱出をはかりますか?

マリア : プレッシャーをあまりに大きく感じてしまうと、自分の人生を惨めなものにしてしまう。私たちミュージシャンにとって大切なのは、生活の中で音楽以外のものにも関心を持つことよ。私にとってはバード・ウォッチングがとても大事。自然に囲まれてバード・ウォッチングをすることで、すべての重圧から解放される。私にとっては大切な休息であり、私の人生の別の重要なパートに熱意と愉しみを与えてくれる。それが音楽にも、反映されるのよ。もしあなたが、とにかく作曲だけに集中して、他のことをする余裕が全くないという時間を過ごしていたら、あなたは疲弊して燃え尽きてしまうわ。私は、音楽には人生の愉楽という燃料が必要だと思う。恋人や友達と過ごすのは、植物に水をやるように絶対に必要なこと。うちの観葉植物は、5週間も家を空けていたので、ちょっと悲惨な状況になってるけどね(笑)。

 まあ制作という過程には、浮き沈みがあるのよ。エグベルト・ジスモンチ(g,etc)が、素晴らしい本を紹介してくれたの。”Finding Srenity in the Age of Anxiety”(「不安な時代の中で、安らぎを見いだす」Robert Gerzon)という本で、読んで救われたわ。この本の中で著者は、3つのゾーンがある。休息のゾーン、快適のゾーン、そして成長のゾーンと言っている。そして恐怖とは、自分がどうやったら解決できるか分からない事柄に対峙するときに陥ると、語っている。でも、あなたはその恐怖、プレッシャーに正面から対峙し、何かをしなければ成長はない。そうすれば、あるとき突然、「やった、出来た!」と思い、さらなる高みに到達できるのよ。多くの人々は、快適なゾーンに安住し、ただただ恐れて快適なゾーンから足を踏み出そうとしない。そしてプレッシャーに押しつぶされそうになるのよ。なぜなら、成長という感覚がないと、あなたはいつもプレッシャーに苛まされる。恐れれば、恐れるほど、恐怖に立ち向かう力はなくなる。そして悪循環に陥り、身動きがとれなくなるの。

 私にも、かつてあったわ。もうアルバムなんて二度と創れないって落ち込んだ。でも、最終的には、私は作曲しなきゃいけない、私は次のアルバムを創らなければいけないと、決意したの。そして、さあ次のアルバムのために計画を練らなければと思った。まずこれをやろうと。それはまるで、断崖絶壁から飛び降りるような感覚だったけど、何かやるべきことを見つけられると思った。そして完成したのが、アルバム『アレグレッセ』なのよ。

 『アレグレッセ』」の制作にとりかかる前、私は本当にひどい状態にあって、次はどうするの?でも何もアイディアは浮かばない、もう私は作曲家として終わっちゃったのかもしれないとすら思ったわ。私たちは、いつもこのような浮き沈みを感じていると思う。時には休息を取ることは、必要よ。あなたがどのくらい農業について知っているかわからないけど、畑の土に触れて作物を育てていて、収穫して、また種を植えてと繰り返していたら、畑の土壌が休まることが出来ない。畑を休めて、肥料とかをあげるのも必要なことよ。そう冬の間みたいに。畑だって燃料補給をして新しい栄養素を取り込むから、また新しい作物が実るのよ。私たちも同じようなもの。大きなプレッシャーを感じつつも、時には休息を取らなければならないのよ。

挾間 : 貴重なアドヴァイスを、ありがとうございます。もう少し質問させて下さい。いわゆる一般のリスナーや評論家は、音楽をカテゴリー分けしたがる傾向がありますよね。エスペランサ(b,vo)は、ブラジルやR&B系のアーティストとコラボレーションしてるし、ロバート・グラスパー(kb,p)は、R&B部門でグラミー賞を受賞したけど、でもジャズ・ミュージシャンはジャズをやるべきだと思われています。昨年秋、私のデビュー・アルバム『ジャーニー・トゥ・ジャーニ』」がリリースされたときも、いろいろカテゴリーについて訊かれました。でも、この曲はジャズ、この曲はクラッシック、この曲はヒーリング・ミュージックだなんて、言うことは出来ません。私の音楽は、挾間美帆の音楽としか言えないのです。マリアさん以降の新しい世代のジャズ・コンポーザーは、皆さん、同じような経験をなさっているのではと思うのですが、いかがですか?

マリア : 私の新しいアルバムが、いい例よね。誰もどのジャンルといっていいのか分からない。正直、私にも、よく分からないもの。まあ私はクラッシック音楽と言ってよいと思う。ジャズよりは、クラッシックに近いからね。

挾間  : マリアさんは、ご自身をどのようなコンポーザーと、捉えていますか?

マリア : 広義では、ジャズ・コンポーザーということになるわね。もしくはジャズ・フィールドから大きな影響を受けた、アメリカン・コンポーザーとでもいおうかしら。ホント、難しいわよね。たとえばグラミー賞でも、『ウィンター・モーニング・ウォークス』がノミネートされるとしたら、どのカテゴリーになるか分からない。

挾間 : 結局、マリア・シュナイダーの音楽としか言えませんよね。

マリア : 多くの人から「ご職業は?」と訊かれると、「ちょっと説明するのが難しいのですが、ジャズ・コンポーザーなのですが、クラッシック音楽からも大きな影響を受けてます。ギル・エヴァンス(p,kb,arr)をご存じですか?サウンド・カラーなどは彼からの影響を受けています。でも、ポップスや、フラメンコ、ブラジル音楽の影響も受けていて……..」と言うと、だいたい「何となくは、分かりました。」と曖昧なことを言われるわ。

挾間 : よく分かります。私も日本でインタビューを受けると、説明に困ってしまうことがあります。

マリア : 本当に難しいわよ。私もこのニュー・アルバムが、どのようにプロモートされるのか分からなかったし、今もよく分からない。面白いのは、ジャズの評論家の方が、クラッシックの人たちよりもレビューを書いてくれている。クラッシックの人たちは、ドーン・アプショウ(vo)が参加しているからニュースとしては取り上げてくれるけれど、レビューは書きたがらない。彼らはどう書いたらいいのか分からないのだと思うわ。ジャズの世界ですら、記事としては取り上げてくれたけど、レビューを書いてくれたのはわずかだった。いつもだと、私がアルバムを出すと、少なくとも150ぐらいのレビューが書かれる。でも今回は5つほど。何か、いつもと違うわ。変よね。皆、どう言っていいのか分からないと思う。だから、彼らは私にインタビューして私に説明させて、やっとこのアルバムを、どう表現すればいいのか理解出来るみたい。よく分からないけど、ホントに変よね。

挾間 : でも誰もが、どう描写するか迷うものを作曲するというのは、素敵なことですよね。誰も聴いたことがない、新しいサウンドだと言うことの証明だと思います。新しいマリア・シュナイダー・ミュージックの誕生です。

マリア : ありがとう。でも多くの人は、私のニュー・アルバムに対して抵抗を感じているようね。

 私はいつも、私の音楽はジャズだと言ってきた。ジャズ・ミュージシャンでないと、私の今までの曲は演奏出来ないから。でも「ドゥルモンド・ストーリーズ」は、クラッシック・ミュージシャンのための曲だからクラッシックと言えます。でも私のビッグバンドの音楽は、ノン・ジャズ・プレイヤーではプレイできない。クラッシックや、様々なエスニック・ミュージックの影響を受けてるけれど、ジャズ言語を理解しているアーティストでないとプレイできない。その意味では、ジャズと言えます。「ウィンター・モーニング・ウォークス」(アルバムではなく、組曲)も同じよ。ピアノ、クラリネット、ベースのための三つのパートがあり、そこにはジャズ・プレイヤー達がいた。でも、私は今、ピアノとチェロとヴォーカルだけのアレンジ・ヴァージョンを書いています。これはクラッシックのトップ・ミュージシャンが演奏するので、私が即興演奏のような音符を書き足さないとね。

挾間 : 最後の質問です。ニュー・アルバムがリリースされたばかりですが、次のプロジェクトについて、お伝え下さい。

マリア : 次のアルバムは、ジャズ作品になるわ。収録される曲もいくつか、考えている。”Thopson Fields”とかね。

挾間 : 東京でも演奏なさった、マリアさんの故郷のミネソタ州ウィンダムの農場の、広大な風景を描いた作品ですね。

マリア : あの曲は多くの人が気に入ってくれて、まだ未録音なんだけど「どのアルバムに収録されているのですか?」と、いつも訊かれるのよ。

挾間 : ジャズ・ビッグバンドのためにも、新しい曲をたくさん書いてらっしゃるのですか?

マリア : そうね、11月の恒例のジャズ・スタンダード(クラブ)でのレジデント・ギグの前に、あと2、3曲書いて演奏し、来年にはレコーディングしたい。だいぶ録音したい曲はたまってきているのよ。”Thompson Fields”のほかにも、新曲の”Arbiters of Evolution”、昨年のニューポート・ジャズ・フェスティヴァルでプレミア演奏したジョージ・ウェイン(p,producer)に捧げた”Home”、ブラジル音楽をモチーフにした”Lembrança”、”Nimbus”があるわ。さらに、マーシャル・ギルケス(tb)をフィーチャーした曲と、グレッグ・ギスバード(tp)をメインにすえた曲を考えてます。「ウィンター・モーニング・ウォークス」の中の”Walking by Flashlight”を、ビッグバンド・アレンジにするかもしれない。まだ決めかねてるの。どうなるか見守ってね。

挾間 : 楽しみです!チェンバー・オーケストラへの作曲という貴重な経験もつまれて、また新たな素晴らしい作品になりそうですね。次の来日公演も、楽しみにお待ちしております。今日は、ありがとうございました。